2006年12月10日

No is E@UPLINK

モノラバアーティストの青柳さんにご紹介いただいて、
牧野貴さんが作られた映画を見てきました。

映画と言っても、誰かが演技しているわけではなく、
光が
わらわらと、さらさらと、ちかちかと、ゆらゆらと、
ざわざわと、ひゅうひゅうと、ごうごうと…etc
映し出され、
その画像に音楽が乗っている感じ。
音楽も、小節ごとに動きがある訳ではなくて…。
作り手の意思を共有するというよりは、
 視聴している人の中にあるものにリンクする
そんな感じの作品です。
うーん。説明が難しい。
ご覧になればお分かり頂けると。
抽象的でありながら象徴的なヒカリが印象的でした。

前半は、
「In the Spectacle」
「The Ark」
「No is E」
が上映されたのですが、
一番引き込まれたのは、最後の「No is E」。
光の形が様々と変わっていって、その変化の様子によって、
 得体の知れない大きな存在が
 とてもシンプルで重要な
 名も無い場所へ
 時間空間を越えて
 永遠に
 移動している
ような感覚を覚えました。
不安と喜びと畏怖と感謝と、形にならない感情が
次々と生まれては流れるそんな感じです。
説明が難しい。
きっと、見ている人によって感じ方は全然違うし、
牧野さんの意図があるとしても、
見手に委ねる気持ちが大きいと思います。
というか、抽象的なので、
そうならざろう得ないじゃないかな。

映し出される光の形や、種類の移り変わりを、
どうやって考え付くのか。
表現したいものがあって、
それを形にしたのが作品な訳だけれども、
どの様にそのイメージの構成を整えることができるのか。
牧野さんの頭はどうなっているのか!?驚きでいっぱいです。
世の中には、様々な才能を持った人が居るんですね。
うーん。スゴイ。

後半は、山内桂さんの即興サックス演奏と牧野さんの映像との共演。
最初の3本よりも更に漠然としたヒカリの映像に合わせて
山内さんが演奏したのです。が。
これもまた!!
予想外です。
サックスやクラリネットのようなリード楽器というものは、
リードが震えて初めて音が出ます。
ということは、震わせなければ音が出ない。
じゃあ、何が聞こえるのかというと、
管の中を空気が通る、
ふぅ〜とも、ほぅ〜とも表現できない漏れる音。
山内さんは、音を出さずに、
その息が抜ける音を表現として使うんだもの!
驚いたぁ。
最後の方は、高音で攻めていらっしゃいましたケド☆

ヒカリの映像と楽器の演奏と、
表現する媒体は違っていても、
二人の表現のベクトルは似ているなあと思いました。
だからセッションしたのでしょうね。
色んな表現の方法があって、
そういう世界を知っている人を通して
感じさせて貰えるということは
とても楽しくてワクワクすることです。
知らないということを知る
ということは有意義です。


ヒカリとオトに見えるけれども、
中身はもっと複雑な得体の知れない種
を撒かれたような感じです。
何時か何かが発芽するかもしれないけど、
想像できるものとは全く違うカタチのモノが生りそう。
それでも何も問題ないんだろうな
なんてコトを思いました。

表現するって素晴らしいですね。

posted by mono at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲイジュツカンケイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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