2006年07月14日

モノラバ対談
青柳龍太氏×モノラバ もの

神楽坂のアユミギャラリーで、空間表現を
行っていた青柳龍太さん、
とても気になる方だったのです。
その時のタイトルは、空間と現実
いつも陽気なアユミが、きりりと緊張感のある空間になっていて、
どういう人がこういう空間を作れるのであろうかと、
疑問に思っていました。

我家の建築にあたり、arts and crafts movementというコンセプトの中で、
アーティスト12人の作品が集まったら楽しいなーと思っていました。
照明とか、陶芸とか、ガラスとか、形あるものだけでなく、
思考や音楽でも参加して頂けたら嬉しいと思い、
あの、青柳さんに声を掛けてみますれば。
OK!のお返事☆
そして、我家の一室を使って、表現して頂いたのです。
それがまた、精神性が備わっていて、凄い。

で、やっぱり。
この人は何をどう考えて生活しているのであろうかと、
疑問が深まり。。。
対談を申し込んでみたら。。。
またまたOK!
そして、夢の対談にこぎ着けることができたのです。
 青柳龍太の秘密を知りたい!
 これで少しは理解できるかも!
と、浮かれていました。

だがしかし、青柳さんは手強かった。
思っていたよりもずっとずっと深く広く思考なさる方で、
対談後の私の頭の中はくるくるです。
青柳さんが言わんとしていることの
どのくらいを汲み取ることができたのか。。。。
ここに無謀にもアップしてしまいますが、かなり不安です。

でも、とても興味深く、面白い対談でした。
読んで頂けたら幸いです。





**モノラバ対談**
青柳龍太氏×モノラバー もの


○もの
こんにちは。
対談、お引き受けくださって有難うございます。
どうぞ宜しくお願い致します。

●あおやぎ
こちらこそ宜しくお願いします。

○もの
オープンハウスの際、青柳さんには、
インスタレーションを行っていただいたのですが、
数ある芸術的表現の中で、何故インスタを選ばれたのですか?

●あおやぎ
自分ではインスタという形式を意識した事はなかったんです。
そして実際、それは今でもない。
まず、伝えたい事があって、それではどうしたら良いんだろうとなって、
結果としてああいった表現の仕方になった。
だから最初、なにをするんですか?と聞かれて、なんと答えていいかわからなかった。
これはインスタだよ、と言われて、ああこれはインスタなんですか、という感じでした。

○もの
ええっ!?
それは意外。
インスタありきなのかと思っていました。

●あおやぎ
箱(形式)を明確に形成してしまうと、
なかなか伝わっていかない部分があると思うんですよ。
勿論それは何をどう伝えてゆくかによって変わってくると思うんですが。
ああこれは写真ね、ああこれは映画ね、ああ、という風に、
見に来てくださった方に安心して見てほしくないというのがあるんです。

○もの
安心して見てほしくない!?

●あおやぎ
既成の概念に、個人が抱いている考えに、あてはめていって
理解するやり方にしてほしくない。

○もの
むう。
自分の理解の中で解釈したいところですよね。
でも、何でですか?

●あおやぎ
全てのモノには名前があって、
人間同士が対話する為には共通認識というのが必要で、
その為には大まかな概念で物事を捉えて
名前をつけてゆく事は必要だと思うのですが、
それはあくまで便宜上の名前であって。
解りやすく説明すると、
レストランに行って出されるグラスに入れられた水も、
それは水と呼ばれているものだけれど、
本当はその都度初めて見る液体で、それぞれに違ったものだと思うんです。
これは極端な例かもしれませんが、多くの事を名前をつけることによって、
知っていると思い込んでしまう事が僕は嫌いなんです。

○もの
なるほど。
対象物を通して得られる答えなのに、
知っていると思い込んで自分のフィルターのみを通して答えを出してしまう。
そして、結果として、新しい知恵が得られない。
ありがちなことだけれども。。。
知っていると思っていることでも、果たして本当に知っているのか、
常に自分自身に問いかけよということなのかしら。

●あおやぎ
形式にあてはめると、それを見る人はその形式しか見ない事がある。
大学の頃、卒業制作で文章表現と空間表現をしたのですが、
その時に書いた文章というのが、小説でもない詩でもない、
登場人物は全員、私という一人称で登場して、
時間も場所も特定出来ないものだった。
ぽんぽん飛んでいってしまう。

○もの
あら、普通に考えたら難解そう。
作者の意図を掴んで、ああ、そういうコトねって安心したいものだもの。

●あおやぎ
読んでくれた方に、これは詩なんですかとか、小説なんですかとか、
色々聞かれてしまったんですが、
僕にとってはそんなことはどうでもいいことだった。
私が誰でも良かったし、時間も逆行していても無くても良かった。
伝えたい事はそんな事ではなかったし、
既成の概念にあてはめて理解しようとするのではなくて、
そのまま素直に読んでもらえれば、
何らかの意味や感覚、物語を汲み取ってもらえると思ったのですが、
実際はなかなかそうはいかなかったみたいです。

○もの
うーん。
青柳さんのように心が自由であるっていうのはなかなか難しいのかもしれないなぁ。
せめてヒントとして、既成の概念にあてはめて理解しようとしないで、
ただ感じるままに素直に読んで欲しいという気持ちが与えられていたら違ったかしら。
でも、それはナンセンスなのかな?

●あおやぎ
自分が表現する時にも、小説を書かなきゃとか、詩を書かなきゃとか、
そういった形にはめ込んでいってしまう事ってつまらない事だと思うのですが。

○もの
表現する場合、規定概念って本当は邪魔でしかない。
でも“こうすべき”っていうルールがあったほうが安心感があるし、
大多数の人が、そういうものに捕らわれている。
マニュアルに沿って作ればある程度のものが出来上がるってコトもあるでしょう。

●あおやぎ
そんな安心感は必要ないし、その時その時で、
その個人個人が最適だと思う方法でやっていけばいい。

○もの
うーむ。単純なコトなんだけどね。
なかなか気が付けないんじゃないかな。
そして。
青柳さんはご自分にとって自然な方法で表現をしたら、
インスタと呼ばれていた。

●あおやぎ
結果として、僕にとっては今、自分がやっている方法になった。
でもそれもこれから先はわからない。
また全然違う方法を始めるかもしれません。
今は、ああ、あれってインスタなんだ、という感じです。
で、インスタって何?みたいな感じで。

○もの
ほー。面白いなあ。

●あおやぎ
作品が作品として完結してしまう事より、
見に来てくださった人の現実に影響する
そんな事が自分にとって興味のある事であり大切な事です。
作品が空間として開かれていて、見に来てくださった方の現実に空間に、
繋がっているという事、断絶がないという事。
個展の会場を出た時、来る道で見たものとは、
少しだけ違った世界が発見出来るようになっていたら最高です。

○もの
現実に影響する…。
違った世界が発見出来るようになっていたら最高…。
むむむむ。
そのように青柳さんが考えるということがまず興味深いです。
何でそういう風に考えるのでしょうか。
どういった過程を歩んで、そういう考えに至るようになったのでしょうか。
断絶がないという事という言葉に、
とてもスケールの大きなものを感じます。
永遠のループみたいな。
強制的な押し付けではないにしても、
現実を噛みしめろ!思考しろ!と伝えたいのかなあ?

●あおやぎ
どう言えばいいんだろう?
わー綺麗!わー楽しいで終わってしまったらなにも変わらないと思うんです。
そして、そうやって流していってしまう事は簡単で。
人間は感覚の生き物だから、
そしてその感覚を楽しむ事も勿論大切で興味深い事なんですが、
やっぱり感覚は感覚で、それは変化し続けるもので。
感覚って危険なものだと思います。
気持ちいいから正しいとは限らないし、不快だから間違いだとも限らない。
大切なのは感覚と人格をきちんと分けて認識する事。

○もの
うわーっ。
“感覚は危険なものだ”という考え方を今までしたことがなかったです。
噛んで砕くように言われてみれば、確かに、感覚は変化するものですよね。
ということは、感覚に頼って判断しては、
正しい判断は出来ないということになるのかあ。
でも、何が正しいのかというのもまた難しいことですね。

今まで気持ちが良ければそれで良いと思っていました。
思うというよりも、考えたり疑うことをしたことがなかった。
感覚と人格は違うのだという注意事項が頭の中にあると、
今までとは違ったものの見方が出来そうです。
でも、忘れないでいられるかな??
青柳さんのお話を聞くと、
考えたことのない世界を見せてくださるので、驚くことばかりです。
そんな青柳さんの発想の源を少し教えてください。

●あおやぎ
発想の源、、、、、。
それは感覚だと思います。
感覚と言っても先に述べた意味ではなくて。
もっと体験に裏打ちされた確信に満ちた(狂気に満ちた)感覚の報告ではなくて、告白です。

○もの
ああ、感覚というにも色んな意味がある。
そして、告白。発想の源が告白。
告白するって、どんなことでも勇気が必要だと思うのですが、
大変な意気込みが必要なんじゃないかしら。

●あおやぎ
コンセプトありきなように見えるかもしれませんが、
概念よりも感覚が最初にある気がします。

○もの
じゃあ、本当に、自分の中から沸いて出る何かを現わそうとしていらっしゃるのね。
でも、その形のない”感覚”という現象を表現するということは、
とても難しく思えるものですが。

●あおやぎ
物事はシンプルにすればシンプルにするほど、
不思議な事に難解な事になっていってしまう。
それはさっきも言ったのですが、
自分の知っている何かにあてはめて理解しようとするからで。
同時に、当たり前と言われている事に実は不可解な事って沢山ある気がします。
え?どうして?と思う事は沢山あるけれども、
それが社会で当たり前とされている限りにおいては誰もそれに疑問を感じない。
わかったつもりになっている奇天烈な事は結構世の中に溢れている。

○もの
うーん。理解したつもりにならないようにってことですね。
青柳さんは色んな事を考えていらっしゃいますね。
常に探求しているみたい。

●あおやぎ
探求している?と言われれば、それがどうなのかわかりませんが、
我にかえる事、
その感覚には興味があります。
その事になんらかの可能性があると思うのですが。

○もの
我にかえる事。うーむ。
青柳さんの中には常に思考が詰まっている印象を受けます。
沢山の思考と、出逢ったこととか感じたことの中から、
どういう感じで、あ、コレだ。って分かるんですか?

●あおやぎ
まさに、あっこれだと思うわけで、それも感覚です。
後はその感覚を、その時思いついた事を、
既成概念で修正しないで、恐れないでそのまま提示してみる事だと思っています。

○もの
恐れないでそのまま提示してみるって勇気が入るなあ。
人の目って気になるじゃないですか。
本当はこう表現したいんだけど、
変な人って思われるから、ここまでにしておくかー
とか、思ってしまいそう。

●あおやぎ
ここまでにしておくかーというのは無いですね。
ここまで、という一線は、やはりあると思うんですが、
そのここまでという一線のギリギリ感が一番面白いと思う。
ある部分を点で突いて、空間的な構成でバランスをとる。
そうしないと、理性がないものになってしまうから。
でも勿論、こういう表現方法は怖いですよ。
人に思われるのはどうでも良い事なんですが、気にしないし。
それよりも自分自身で自分が何をやっているのか
分からなくなる事の方がよっぽど恐ろしい。
あれ?石を落とすって、、何やってるんだろう?この人は大丈夫なんだろうか
と自分で自分の行為の意味を見失ってしまうと
ちょっと危険な心理状態になる。
だから個展前や、普段からも、
自分が行なっている事の意味やなんかを理論的に言葉にして書いています。

○もの
人の目を気にするより、
自分自身の確認を怠らないというのが、青柳さんらしいと感じます。
確かに、行動を文字化すると、客観的に見えやすいですね。
でもそれを普段から言葉にして書くなんて、なかなか出来ないなあ。。。
しかも、その行為は自分を確認する為なんて。

●あおやぎ
一つ一つのもの選びや配置にも自分なりにはすべて意味があって、
なんとなくというのはほとんどないです。

○もの
作品の細部にも意味があるのですね。凄いわあ。
感覚に頼るなというのはこういうことなのかなあ。

●あおやぎ
概念が観念的だから、どこかで身体感覚を出したい、
それでヘッドフォンで直接、声を聞いてもらおうとか、
石を実際に落としてもらおうとか。
そうやった方がただ空間的に美しいとかじゃなくて、
ある種の生々しさが生き残ると思います。

○もの
観念的だから身体感覚を出したいと考えるという事からも、
物事を立体的に捕らえているんだなあってことが垣間見られます。
感覚で感じた伝えたいことを、表現に変換するという作業が、
青柳さんの作品となるわけだけど、それはすんなり決定できるのですか?
その時々で違うとは思うけれども、どういう過程を経て作品となるのかしら。

●あおやぎ
一瞬で決まります。
次の次の次の次の個展の企画くらいまで既に決まっていたりします。

○もの
一瞬!そして個展の企画がそんなにも沢山っ!?

●あおやぎ
あとは、いつもその個展に自分が行くつもりになって、
頭の中で何度もシミュレーションしてみる。
これが自分にとっては楽しい作業なんですが。
それを繰り返しているうちに、
あっそうだここはああしよう、これはこうした方がと
だんだん精度が上がってくると言うか、シャープになってくる。
時間をかけて、長く何度もシミュレーションしていると
やっぱりそれなりに自分でも気がついていなかった事とかに
重箱の隅を突きまくるように気がついたりするもので。

○もの
その工程、とても面白そう。

●あおやぎ
だから来てくださった方に何を聞かれてもだいたいの事は即答出来ます。
これからやりたい企画なども、
それをどういった順番で見せていくかとかも考えていて、
今回は意地悪な突き放したものだったから、
今度はもうちょっと素直なものにしようとか、
この事を表現する前に、これを表現しておかないと、説得力が無いなとか。

○もの
青柳さんの企画展には、全てに足を運んだ方が、前からの繋がりとか、
これからの繋がりとかも感じられて、より楽しめそうですね。

青柳さんの作品に触れると
 やられた〜っ!!
って思うのです。
五感に響くというか。
表面的ではなくて、自分の奥底の触れられたくない部分にまで
ぞぞっと入り込んで来るような……。
ワタシの知らない知っちゃイケナイコトを青柳龍太は知っているのではないかと、
とても気になるのですが。

●あおやぎ
それは、、、、、僕にはわかりません。
自分の事しかわからないし、
自分のわからない事はやっぱりわかっていない故にわかっていないでしょうし。
ただ、僕はこの現実に対して、自分の見たい物ではなく、
ただあるがままを見たいという姿勢で挑んでいます。

○もの
あるがまま。

●あおやぎ
真実を知りたいと思っている多くの人は、真実ではなく、
無意識のうちに自分の見たい世界を現実にあてはめていって
無理矢理理解しようとして、結果として当てはまるわけがなく、
わからないという事になっている気がします。
あるいは都合良く拡大解釈して辻褄を合わせてゆくか。
真実を知る唯一の方法であり近道は、私の見たいものではなく、
ただただあるがまま目の前の世界を見れば良いのだと思います。

○もの
見たいものではなく、その状況を丸ごと受け入れると、
今まで見えていなかった部分も見えてくるようになり、
より理解が深くなる。。。
その通りですよねえ。
でも、自分の見たいものだけを見たいように見るって楽でしょ。

●あおやぎ
真実を知りたいという見たいという事と、
自分がこうであって欲しいという事は、全く別の事柄ですから。
現実は人間の為に用意されたわけではないですから、
もしかしたら人間にとって残酷なものかもしれない。

○もの
戦争なんて必要ないと思うんだけど、現実には存在しているものね。

●あおやぎ
本当はこの世界には理性も狂気もない。
その枠組みは人間が秩序として勝手に作ったもので、
存在はそのどちらでもない。
もし理性あるいは狂気があるのだとしたら、
それは人間のうちにこそあるのだと思います。
でもこうして見てゆくと総ての事がなにがなんだか分からなくなってしまい、
あらゆる根拠を見失ってしまう、
厳密に言えばそんなものは初めから無かったのだという事に気がついてしまう。

○もの
本当に何にもないのかしら。それは寂しいなあ。

●あおやぎ
人間という生き物という現象は恐ろしい。
が、同時に、理性も人間の内にはあるのだと僕は信じたいと思っています。
ユーモアというか、それを越えたものがあるという事も。

○もの
越えたもの・・・。ラヴ!っていうのはどうかしらっ。
ところで。
シモーヌヴェイユという思想家(という定義で良いのかしら?)の本を
貸してくださったのですが、
そこには青柳さんの心に響くものがあるワケですよね。
この本を読んでみて、青柳さんは
生きることや世の中が活動していく"意味"
を求めているように感じたのです。
他にも哲学者とか、思想家などに詳しいご様子ですが、何故ですか?

●あおやぎ
いや、実は僕は全く思想家などには詳しくありません。

○もの
ええっ!?それは以外です。

●あおやぎ
シモーヌヴェイユに関しても、出会いは馬鹿げたきっかけです。
ジョルジュバタイユの小説に眼球譚というのがあって、
その主人公のビッチな女の子の名前がシモーヌというのですが、
そのキャラクターが僕は大好きで、
それで、そのシモーヌという音の響きが
もうそれだけでくらくらっとくるようになって。
で、偶然、古本屋の背表紙でシモーヌという名前に出会ってしまった。
で、手に取ってぱらぱら見てみると、たった一行見ただけで、
ああ、これは僕が必要としている事柄についた書かれたものであると
直感しました。(ありがとう、バタイユ)
実際に読んでみて、想像した以上に、
シモーヌの本は僕を熱狂させてくれました。
これこそが僕がすっと読みたいと知りたいと思っていた事、
それそのものだと!

○もの
出会いに感謝!
ずっと求めていたから、出会えたんですよ。きっと。

●あおやぎ
シモーヌの思想は一言で言うと絶対の探求だと言えると思います。
でも最も大切なのはシモーヌの思想そのものにあるわけではなくて、
その魂のあり方にあると思います。

○もの
絶対の探求。。。
魂のあり方?

●あおやぎ
ちょうど、神が存在するかどうかが重要なのではなく、
神を求め続けた求め続けざるを得なかった人間の精神の探求のそのうちにこそ、
ある種の神聖な魂がある事と同じように。

○もの
青柳さん・・・・・・、何故そんなコト知っているの?
やっぱり行動を文章に表しているからかしら。

●あおやぎ
これに対する想いは興味と表現するよりは真実と言った方が近い気がします。

○もの
興味と表現するより、真実。
シンジツ。
絶対の探求。魂のあり方。真実。
本を読んだ時は、霧が晴れたような気分でしたか?

●あおやぎ
おお、狂気チックな真の理性がここに!って、、、、、。

○もの
あはははっ。ぞくぞくしますね。

●あおやぎ
いや、美しいものを発見したという感じです。
シモーヌに関して書き始めると終わらなくなるので、、。

○もの
美しいものに乾杯。
いつかゆっくりとシモーヌ話でもしましょうね。
さっき、思想家には詳しくないっておっしゃったけど本当ですか?

●あおやぎ
僕は思想家などには詳しくはありません。
それどころか避けて生きて来たように思います。
影響されるのが嫌だったし、
思想家などという人種を信用してはいませんでしたから。
机上の空論。

○もの
あー。なるほど。

●あおやぎ
それにそんなものを読まなくても、自分自身が人生を通じて体験する事を、
また、ただただ自分自身の目の前の出来事を最大限の集中力をもって
観察し続ければ、分かる事なのだと、
その方法によってしか体得出来ないものなのだと思っていましたから。

○もの
“目の前の出来事を最大限の集中力をもって観察し続ければ、分かる事”
恐れ入ります。
なんでそんな理解をお持ちなんだろうなあ。

●あおやぎ
考えは体験を伴って初めて理解出来るものだと、
そうなって(行動を伴って)初めて思想となるのだと。

○もの
むーう。
青柳さん、少なくともワタシの倍は思考し続けて生きてきたんじゃないかしら。
あまりにも深く考えてしまう自分をもてあます時ないですか?
でも、それが青柳さんにとっては普通のコトなのでしょうね。
大変そうだなあ。ワタシは青柳龍太には成れないナア。。。ぶつぶつ。
あー、御免なさい、話がそれました。
どうぞ、続けて聞かせてください。

●あおやぎ
自分を、、もてあましていますよ、それはもう。
でもめんどくさいオモチャを与えられたと思って、
そんな自分を遠くから眺めて面白がっている自分もいるんだろうな。
その部分がないとノイローゼになってしまうから。
軽くアクセル踏んだつもりが凄いスピードになっていたり、
ブレーキが壊れていたり驚く事の連続です。
この乗り物(身体)は。

○もの
ちょっとクレイジーそうな乗り物ねえ。
でも、それが青柳さんの魅力に繋がっているし、
その乗り物を与えられてしまった以上、
他の乗り物になんて乗換えられないものねー。
それに、シモーヌちゃんも行動していたよ。
だからこそ、新しい理解の世界が開いたでしょ。

●あおやぎ
最近はある程度自分自身の考えがまとまって来たので、
本も読むようにしています。

○もの
それは良かった。
本は発見や変化に繋がるでしょう。

●あおやぎ
それで思う事は、かつての人々は凄い事を言っているという事。
学校でなぜこういった事を教えてくれなかったのかと不思議な気がします。

○もの
学校で教えてくれていたんだけど、
その時はたまたま興味がなかったっていうことがないかしら。
ねえ、青柳さんは、どうしてそんなに色々考えているんだろう。

●あおやぎ
それは単に真実を知りたい、ただそれだけだと思います。
好奇心が強いんだと思います。
ま、いろんな事に対して、はしたないくらいに好奇心が、、、、、。
学校では事柄は教えるけれど、その意味は教えない。
知るという事、教育という事は本来はそこにあると思うのですが。

○もの
意味を知ると色んな事が面白くなってくるのにね。
でも、教育という場では教えにくい事柄なのかもしれないですね。
好奇心が強いと言えばっ。
モノ!

●あおやぎ
は?
え?
らば?

○もの
青柳さんって、実は素晴らしくものらばなんですよねぇ。
話の持って行き方が少々強引ですが。
モノラバハウスでの
react1 f r o m h e r e...

 この空間には争いがない
 この部屋には壁がない

 私たちはこの家でたくさんの思い出を作った

※モノラバハウスのオープンハウスでの青柳さんの作品。インスタと呼ばれていた。

●あおやぎ
あのやり方は多分、様々な形で今後も続いてゆくのではないかと思っています。
というか、一番自分自身、しっくりくる方法ではあるというか。
この空間には、、、、は駅のトイレや公園の木とかエレベータとかに
ひっそりと設置したりするのも面白いですよね。
実際、いろんな場面で僕はそういった一人遊びをしています。
誰も気がつかないですが。
気がついても引かれちゃいますがね。

○もの
ひっそりと設置。それは楽しそう!
本物の愉快犯ですねっ。

●あおやぎ
誰が気がつかないでもいいし、また立ち止まってくれる人がいても面白い。
はっと何かに気がついてくれる人がいて、その感覚を多くの人が共有出来れば、
少しは何かが変わってゆける気がします。

○もの
何かが変わってゆける…。かあ。

●あおやぎ
かあ?何を言ってるんですか。
変わってゆける、、、。かあ。ではなくて、実際に変えていくんです。

○もの
ははっ、すみませんっ。
変えていきましょう。一緒に沢山の人と。大きな輪になろう。

●あおやぎ
自分自身から。
言葉は実はとても力のあるものなのだと信じています。

○もの
言霊と言うくらいだからね。
青柳さんとお話してみて、
青柳さんが2006年の2月にアユミギャラリーで行ったインスタ、
「空想と現実」
がさらに輪郭を帯びてきた気がします。
断絶されていると思われる空想と現実の世界に、
一石を投じて、なんとかリンクさせよう、伝道師たらん、
でも如何に?と探求しているようなイメージが色濃くなってきました。

●あおやぎ
伝導師?
いや、この世界全体が巨大な遊技場だと感じています。
何処まで遊びで、どこからが本気なのか解らないです。
自分でも。

○もの
この世界全体が巨大な遊技場!
そう考えたら世界がとても楽しいですね。
気持ちがとても楽になりました。
良いですね〜。
わくわくしてきた。
何かすべきだって身構えるのではなくて、
何で遊ぼうかって思えたらとても気持ちが晴れやかです。
ワタシは何で遊んで皆と繋がろうかな〜。

青柳さん、沢山のお話を聞かせてくださって有難うございました。
出逢った頃、青柳さんの事を不思議な人だなあと思っていたのだけど、
対談を通して、
不思議なのは当たり前
という気持ちになりました。

ワタシが思うよりもずっと多くの事を考えていて、
物事の意味を考えながら真摯に生きているんですもの。
きっとまだまだ隠し球を持っているだろうし、
それは常に変化していくだろうし、理解や経験の相違もあるから、
青柳さんの言葉の全てを理解するなんてことは出来ないと思うけれども、
青柳さんから出た言葉を楽しみたいと思います。

正直言って、青柳さんのようにワタシは成れない。
けれども、ヒントを沢山貰ったから、
青柳目線で考えることは出来るよね。きっと。
世界が違って見えるかな?

対談、楽しかったです。
お付合いくださり、どうも有難うございました。

●あおやぎ
こちらこそ、有難うございました。




///////////////////////////////////

如何でしたか?
青柳さん、興味深い方でしょう?
果たして、私はどこまで理解できていたのか、、、。
でも、私が感じていた疑問を数々質問することが出来て、
とても楽しかったです。
世の中って、色んな才能の人が居るんだなあと感じさせる方でした。
出会いって、面白いですね。



posted by mono at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 青柳対談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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